利益の獲得と社会的な課題解決の両立を目指すソーシャルビジネス。Z世代やミレニアル世代が高い関心を寄せていると言われている。
しかし事業の継続には、お金が必要だ。自分自身の生活もある。そのため、ソーシャルビジネスは仕事として成り立つのか?との疑問を持つ人も多いだろう。
そんな人に知ってもらいたいのは「楽しくて、誰かのためになる」という発想だ。あくまでも中心には、自分の幸せがある。
ただし、自分が楽しいだけでも物足りない。滅私奉公でもなく、利益追求でもなく。
加藤愛梨さん(以下、加藤さん)は、まさにそんな考え方の持ち主だ。彼女はオランダ発の子どもと大人のバディプログラムを運営する一般社団法人We are Buddiesの代表理事を務める。
今回のWork as Lifeでは、「自分のテーマ」の見つけ方を考えてみよう。
「課題」のないソーシャルビジネス
We are Buddiesとは、共生型社会の実現を目指すソーシャルビジネス。5〜18歳の子どもと大人が2人1組のバディズとなり、月2回程度の数時間を、公園や動物園、カフェなどのパブリックスペースで共に過ごす。定期的に関わることで、細く長い関係性を築く。
ソーシャルビジネスには、解決すべき社会的課題があるように思われる。ところがWe are Buddies立ち上げ時、加藤さんに特別な課題感はなかったと話す。
着想を得たのは仲間たちと一緒にシェアハウスで暮らしていたときのこと。シェアハウスに住んだのは、おもしろい暮らしをしたかったからだ。そんな中、6歳(当時)の子どもを連れて入居した家族がいた。加藤さんたちが住むシェアハウスをその家族が選んだのは育児や経済面の必要性があったからではない。「子どもには、いろんな大人に触れて欲しい」そんな思いから同居生活がはじまった。
子どもも一人の人間なんだ
子どもの小学校入学は、ルームメイトみんなで祝った。同居人の枠を超えて交流するうちに、加藤さんは自身の中にある「子ども」に対する先入観に気づいたという。
私たちは知らず知らずのうちに物事を一般化している。子どもに対しては「さわがしい」「大人が遊んであげなくてはいけない」と思っている人も多いかもしれない。ところが話をしているうちに、それらは思い込みでしかないと加藤さんは気づく。「子どもは一人ひとり違う。一人の人間なんだ」
オランダ発の共生型プログラムを取り入れたわけ
加藤さんは高校時代をオランダで過ごした。多文化共生の先進地として知られる同国では、教育や福祉などの公共サービスを移民や難民も平等に受けられる。個人の尊厳や自己決定権を重視するオランダでは、合法ドラッグや安楽死も一定の条件のもとで認められているのだ。
こうしたテーマは同国でも賛否両論ある。差別や排除がないわけではない。それでも挑戦と努力を続けるオランダは、多くの人にとって住みやすい国だと加藤さんは振り返る。
子どもも大人もみんなが楽しい
多文化が共生する社会に居心地のよさを感じ、帰国後もオランダと接点を持つことを考え続けてきた加藤さん。にも関わらず、自分自身が子どもを対等な存在として見ていなかった。
その先入観に気づいてから、子どもとの関係はどんどんフラットなものになっていった。ものの見方が変わっていくのも感じられたという。
「これはおもしろい、と思いました。大人は子どもを世話する存在と思っているかもしれませんが、子どもとの交流は大人にもいいことがたくさんあることに気づいたんです。もちろん、子どもにとってもいいことはあります。今は悩みがなくても、長く生きていればいろいろありますよね。失恋や仕事での失敗など、落ち込むこともあるはず。そんなとき、話ができる相手はたくさんいた方がいいと思いました」
話せる一人で世界の見え方は変わる
プログラムに参加する子どもの課題は表面化していないことも多い。集団生活になじめない、上からの物言いをされるのが苦手、障がいを持つ子どものきょうだい児など。顕在化した課題があるわけではないが、日常になんらかの息苦しさを感じる家庭の子どもが多く利用している。
We are Buddiesの取り組みは保護者にとってもプラスだ。学校の先生でもクラスメイトの親でも親戚でもない他人と、たわいもない話をする。我が子のことや自分のことについて、気軽に話せる人が一人でもいれば、日々の感じ方はずいぶんと変わるのではないだろうか。
子どもだけでなく、関わる大人も楽しみながら参加できる仕組みを作れたら、虐待などの社会問題は未然に防げるかもしれない。
「楽しくて誰かのためになる」を仕事にするには
出産・子育て経験のない加藤さんが活動をはじめるきっかけとなったのは、課題解決ではない。そこに関わる楽しさを共有したいとの思いからだった。
しかし、「楽しい」だけでは仕事にならないのではないか。
加藤さんはWe are Buddiesの活動資金を募るファンドレイジングに奔走している。活動理念に賛同した企業や個人からの寄付や企業とのコラボレーションによる協賛金が主な収入源となっているようだ。
手段や活動の幅をさらに広げるため、土日もWe are Buddiesにつながる活動を精力的にしている。
物事は変えようとすると変わらない
そのモチベーションを、加藤さんは次のように話す。
「大人と子どもが出会う瞬間が言葉で言い表せないくらい好きなんです。バディに参加する大人は誰かを助けようという気持ちより、ただ遊びたいから遊んでいます。それでも、勝手に状況は変わって行くんです。外に出なかった子もバディと関わることで、外で遊ぶことの楽しさを知る。物事は変えようとすればするほど、変わらないと私は思っていて。でもちょっとした願いを持ちながら楽しんでやっていれば、いつの間にか変わっているものなんです」
話を聞いてくれる人がいる安心感は、自分らしく生きる力になる。
彼女が目指すのは、一人ひとりが対等な存在として見られる社会だ。障がいがある人や、ちょっと変わった特性がある人、子育て中の人、そして子ども。そこにはいろんな人が含まれている。
We are Buddiesのような大人と子どもが関わり続ける枠組みは、そんな社会への一歩になると加藤さんは信じている。
息するように仕事する人の自分のテーマの見つけ方
彼女がオンオフ関係なく活動できるのは、自分のテーマを持っているからだろう。周囲から見ると「仕事」のように見えることも、彼女にとっては暮らしの一部。疲れたときは眠り、悲しみや怒りを感じたときも隠すことはない。
とはいえ、自分のテーマをどう見つければいいかわからない人も多いはず。
実は加藤さんも「20代の中頃までは、やりたいことがわからなかった。」しかし、いろんな人と会って影響を受けるうちに、だんだん自分のタイプがわかってきたという。
楽しそうな人の近くにいってみよう
彼女の楽しみはすべて「人」とつながっている。
現在の活動はもちろん、土日の過ごし方も日々の情報収集や興味のきっかけも、他者が介在している。
そんな加藤さん流のアドバイスはこうだ。
「まずは楽しく生きていそうな人の近くに行ってみよう」
今の時代はSNSなど情報を手に入れる手段がたくさんある。会いたい人がいたら、アポをとる。できれば、かばん持ちのように生活をともにできると、もっといい。SNSでは見えなかった一面に気づくこともできるはずだ。
一方、加藤さんは人生のゴールを定めているわけではない。毎日を楽しんでいるので、たとえ明日死んでも、仕方がないとは思う。けれど、生きている間は自分に飽きる状態を作らないと決めている。
心が動く毎日は楽しい。だからこれからも、ずっと、人と関わり続ける。
文・筒井永英
撮影・師田賢人