「ホワイトすぎる会社を辞めたい」と考える若者が増えている。「別の会社、部署で通用する人材でありたい」からだという。そうした価値観は、work as life的な思想との親和性が高いかもしれない。
AIを活用したコンサルティングを提供する株式会社To22(トゥートゥートゥー)代表・野間康平氏もその一人。京都大学工学部在学中に起業し、パナソニック、ボストン・コンサルティング・グループ(以下、BCG)を経て現在に至る。
そこにあったのは「燃える人生を送りたい」という思いだ。本稿は燃えたいと思いつつ、まだそれができていない人、転職のタイミングをどう考えるかを知りたい人に贈る。
「楽しいだけじゃ、つまらない」から転職
「僕は好奇心に突き動かされるタイプです。知ることは楽しい。だから勉強も、おもしろいと思ったものは、ちゃんとやってきました。大学まではそれでよかったと思います。でも社会人になって、それだけでは物足りないと感じるようになりました」
大学卒業後、パナソニックに入社した野間氏。きっかけはたまたま行った交流会だった。一人で1000個もの特許を取得した人に「一緒におもしろいことをしよう」と誘われて入社。周囲には大学院に進学する仲間も少なくなかったが、社会に出るとどんな変化が起こるのか、野間氏は興味があった。
実際、社会に出てみて楽しかった。しかし基礎研究的な要素の強い特許は、実用化までの足が長い。今取り組んでいることは、何の役に立つのだろう?そもそもニーズはあるのか?などと考えるように。そこで社内の新規事業を手掛ける部署に異動する。
ゼロイチを経験すれば燃えるという仮説
異動先でAIエンジニアや営業などさまざまなことを経験するうち、興味があるのは仮説を立て、それを検証することだと感じるようになる。
さらに組織の一員として、特定のテーマに関心を持ち続ける難しさも覚えた。多くの人は、仕事とプライベートを分けて考える。本当に好きなことなら、寝ても覚めてもそのことについて考えるはず。しかし野間氏は、そのモチベーションがわいていない自分に気がついた。
仕事かプライベートかなどと考える暇もないくらいの、燃える経験がしたい。そのためには、自分でゼロから生み出すことが必要ではないか。そして起業を考えはじめた。
しかし、起業はそれ自体が目的ではない。どんな課題感を持ち、それに対してどのようなアプローチをしていくかである。そこで、コンサルティングビジネスのこと、コンサルティング以外のビジネスを幅広く知るためBCGに移る。
ここで学ぶべきことは学んだ
起業を前提にした転職とはいえ、難しいのはタイミングの見極めではないだろうか。
BCG卒業のきっかけは優秀で尊敬できる上司の存在だった。
コンサルタントとしてどうあるべきかがわかり、ここで学ぶべきことは学んだという実感があった。ちょうど野間氏が関心を持っていた技術的なテーマが盛り上がりつつあるときだったこともあり、今飛び出さないと手遅れになる、との危機感もあった。そして株式会社To22を創業する。
人間がするべき本質的な仕事とは
野間氏はAIを活用した戦略コンサルティングを手掛けている。特徴はコンサルタントがするべき仕事に集中できるシステムを構築していることだ。
「コンサルタントの価値は、論点の整理と仮説を立てること。そしてプロジェクトマネジメントだと思います」と話す。
一般的なコンサルティングビジネスには、多くのコンサルタントが関わっている。調査を担当するリサーチャーと調査内容を分析するアナリスト、その上にプロジェクトを統括するマネージャーやディレクターがいるという具合だ。
未知のテーマを調べることは地道な作業だ。何を、どのような手段でリサーチするかには相場観が求められるし、なにより多くの時間がかかる。リサーチャーやアナリストの価値はここにあると言っていいだろう。ところがAIの登場で、そうした情報収集には必ずしも「コンサルタント」が介在する必要がなくなりつつある。
そこで野間氏はこれまで経験の浅いコンサルタントが担っていた情報収集や分析の部分を、クラウドワーカーに依頼することを考えた。
AIをパートナーにすることで知的価値を高め、できることを増やそうという発想だ。このビジネスモデルのメリットは、クライアント側から見ると、委託費用のコストダウンになることだ。クラウドワーカーにとっては、在宅で仕事ができる上に知的業務に携わることができる。コンサルティングファーム同様、時給アップの仕組みも取り入れているので、働きがいも得られるだろう。
AI時代のコンサルタントの本質
本来の業務に集中できるようになる分、コンサルタントに求められる水準も高くなるに違いない。
コンサルタントにとってもっとも大切なのは、目的と目標のすり合わせだと野間氏は言う。クライアントが抱える課題を構造的に、そして5W1Hのレベルで具体的にとらえる。次に、どのような問いに向き合わなければならないかの論点設定を行う。
クライアントのやる気が起きないときは、丁寧なヒアリングで真因に向き合う。タスクは当事者にしてもらうことで、自ら気づきを得られるよう促すことも欠かせない。クライアントの期待を上回ることができるよう、こまめに認識をすり合わせていく。
人間にとって知ることは楽しい
AIを活用した戦略コンサルティングを通じて、どのような社会が実現されるのだろう。
野間氏が目指すのは、知的インフラ格差のない社会だ。
知的格差があると何が問題なのか、という声もあるかもしれない。しかし、知的格差はさまざまな格差の原因になっている。リサーチ力や分析力が十分でないと、物事を俯瞰的にとらえるのが難しくなる。詐欺はその一例かもしれない。一つひとつはほんの小さなことだが、やがてそれが大きな格差になる。
一方、リサーチや分析は労力と技術が必要な作業でもある。それゆえ従来はできる人が限られていたわけだが、AIの登場でより多くの人が知的インフラを実装できると考えた。
「人間にとって、知ることは楽しいものだ」と野間氏は信じている。知的好奇心は生きる活力にもなるものだからだ。
燃える人のワークとライフはシームレス
「燃える」人生を送りたいと考える野間氏。彼は余暇の多くを読書に費やしている。
意識しているのはすぐ役立つ読書と、長期的な視野に立った読書を組み合わせることだという。すぐ役立つ読書とは、たとえばマーケティングや採用、営業、クライアントの業界特有のビジネスにまつわるもの。長期的な視野に立った読書とは、経営者としての視座を得られるものや、社会学、行動経済学など、人の心理や世の中の大きな流れをとらえることのできるものだ。
毎日のパートナーとの会話も大切な時間である。その日あったことだけでなく、事業のコンセプトやビジョン、ミッションについてもディスカッションする。お互いを理解しているからこそ、狭くて深い話もできる。
このような休日の過ごし方は、一般的には余暇とは言えないのかもしれない。しかし情熱を注ぐことのできるテーマについて考え、大切な人と分かち合い、意見を交わすことは彼にとってかけがえのない時間なのだ。
君は何にどう燃えるか
最後に、熱量高く生きるには何が必要かを聞いた。work as life的な生き方を象徴するものだと言えるだろう。
「正直なところ、人生のゴールはまだはっきりしていません。これからの5〜10年で、AIとクラウドワーカーを掛け合わせて、おもしろい組織を完成させたいですね。そのころ僕は、35歳から40歳になっています。きっと世の中や社会も大きく変わっているでしょう。取り巻く環境が変われば、感じることや、したいことも変化しているはずです。ですから、ゴールはそのときに考えます。引退したいとは決して思いませんね。死ぬまで、燃えていたい。僕に終わりはありません」
何に燃え、何に興味を持つのか。それはきわめて個人的な感情の問題に向き合い、自分を分析することから始まる。
文・筒井永英