有機化学の研究者としてキャリアをスタートし、液晶材料の開発から品質保証まで、幅広い経験を積んできた川﨑統(かわさき・すばる)氏。2024年8月、47歳で会社員生活に終止符を打ち、独立コンサルタントとして新たな一歩を踏み出しました。「技術は結局どこの会社も持っている。それをどう活かせるか、眠っているリソースをどう掘り起こすか」という視点で、中小企業の課題解決に取り組んでいます。研究開発、技術営業、品質保証と、多彩なキャリアを経て独立を決意した川﨑さんに話を聞きました。
研究者から企業人へ―液晶材料開発との出会い
千葉県船橋市出身の川崎さんは、埼玉での中学時代を経て、宮城県の大学へ進学。大学院博士課程では有機化学の研究に打ち込みました。研究テーマは、リン化合物の合成。リンの元素とその結合様式を設計することで、新しい反応性や特性を探索する最先端の研究でした。
「化学は『作るか見るか』の二つに分かれます」と語る川崎さん。自身の性格を見つめ、「作る方向」を選択しました。また、大学時代は研究だけでなく、陸上部でも活躍。中学から続けてきた陸上競技を大学まで続け、文武両道の学生生活を送りました。
2006年、某化学メーカーに入社。液晶テレビに使用される液晶材料の開発部門に配属されました。当時はシャープをはじめとする日本の液晶産業が世界をリードしていた時期です。入社後まず経験したのが、半年間の工場研修でした。「大きな装置をどのように現場の人たちが運用しているかを学ばせていただきました。物作りでは装置の展開が重要で、実際に見ておくことは非常に役立ちました」と、その経験を振り返ります。
しかし、研究者としての専門性を活かせない現実にも直面します。「大学で学んだスキルが全く使えないというフラストレーションが高かった」と率直に語ります。有機化学の博士号を持つ研究者が、その専門性を直接活かせる職場は限られているという現実を、身をもって経験することになりました。
キャリアの転機―技術営業から品質保証へ
転機は入社から5年後の2011年頃に訪れます。液晶市場の将来性への懸念が社内でも話題になり始めた時期でした。「この会社以外で自分の経験が通用しなくなるのではないか」という危機感から、より汎用性の高いスキルを身につけようと考え始めます。
その頃、技術士という資格の存在を知り、取得に挑戦。同時に、知的財産、ISO関係、化学物質安全管理など、様々な分野に関心を広げていきました。「フリーランスとしての働き方があることを知り、将来的な独立も視野に入れ始めました」と、当時を振り返ります。
2017年からは技術営業として韓国に赴任。3年間の韓国駐在で、顧客との直接的なやり取りを通じて、新たな課題と向き合うことになります。「電機メーカーと化学メーカーでは使う言葉が違います。顧客の問題を材料開発にどう落とし込むかが課題でした」と説明します。
特に印象に残っているのは、顧客の開発目標を実現するためのプロセスです。「お客様は自分の開発を成功させたい。そこで私たちの材料をどう活用し、先方のスケジュールに合わせて社内を動かしていくか。そこにやりがいを感じました」。徐々に、技術と顧客ニーズを橋渡しする役割にも手応えを感じるようになっていきました。
韓国駐在後は品質保証部門に異動し、シリコーン材料の品質保証を担当。この経験が、後の独立の際の重要な強みとなっていきます。
47歳での決断―独立への準備と実行
2024年8月、川崎さんは独立を決意します。「このまま会社にいても、自分が権限を持って仕事ができる時期は5、6年後ろにずれ込む。そのときには50代半ばで、ダウンサイジングの仕事しか見えない」という現実的な判断がありました。また、会社全体が60歳から65歳への定年延長を進める中、自身のキャリアの将来像に疑問を感じていたといいます。
独立後は、当初考えていた技術コンサルティングに加え、企業の目標達成支援という新たな方向性を見出しています。その具体例として、ビールバーを経営している個人事業主の話を挙げてくれました。
「サブスクリプションを展開していたお店と話す機会があり、売上を新規顧客、単価、リピート率に分解して分析しました。サブスクリプションにすると、リピート時の単価が下がってしまう。また、売れにくい時期の対策としては効果的かもしれませんが、1ヶ月単位で効果が限定的でした。結果として、集客用の商品と利益を出す商品を明確に区別する提案をしました」
このように、品質保証で培った「要素の分解と数値化」というアプローチを、経営課題の解決に応用しています。特に、内部で解決が難しい課題を抱える中小企業をターゲットとしています。
次世代へのメッセージ―準備と決断の重要性
川﨑さんは、起業を考える人々へ具体的なアドバイスを送ります。「急に辞表を出すのではなく、副業から始めることをお勧めします。会社のリソースを使って実験できますし、実績作りもしやすい。特に営業職の方は、『集客を何倍にした』『プロジェクトの売上が何倍になった』といった具体的な実績を作りやすいでしょう」
また、完全に未知の分野での起業については慎重な姿勢を示します。「全く知らない業界、知らない商品から始めるのは、相当なストレスになります。段階的に準備を進めることが重要です」と指摘します。
一方、「自分で決められて、それが全部自分の責任でできるのは面白いです。急な変化は避けるべきですが、自分の思いをサービスや商品として世に送り出せる。それは本当に面白い経験です」と独立後のやりがいを語ります。
47歳での独立は、長年の準備と決断が重なった結果でした。技術と品質管理の知見を活かし、中小企業の課題解決に取り組む川﨑さんの新たな挑戦は、まだ始まったばかりです。
文・写真:師田賢人