「僕のベースとしてあるのは、『自分がやりたいことをやる』ですね。会社に関わってくれる人も、それぞれのやりたいことをやっているのが一番。僕たちの取り組みに共感し、スキルや経験を活かして貢献してくれる仲間にも、ここで何をしたいのかは最初にしっかりと聞くようにしています」
そう答えてくれたのは稲垣大輔(いながき・だいすけ)氏。アジア・アフリカ向け医療機器管理教育システム・CeTraxの研究・開発・販売を行う神奈川県立保健福祉大学発ベンチャー、株式会社RedgeのCEOだ。
以前は生命維持に関わる医療機器の操作や管理を行う専門家である臨床工学技士として病院勤務をしていた。その経験を活かし、途上国の医療機器の適正管理システムおよび教育システムの普及に挑んでいる。目指すは、「すべての人に医療の安全と質が保障された世界の実現」だ。
ほぼすべての時間を仕事に費やしつつも、自由さを感じられる毎日
稲垣氏は現在、ほぼすべての時間を仕事に費やしているという。
「起床は6時半から7時半の間。身支度を終えたら、そのまますぐに仕事をします。集中力が落ちたり、眠たくなったりするのが嫌で、食事するのは夜だけですね。日中はずっと、コーヒーを飲みながら仕事をしています。終電までには家に帰るのが妻との約束になっていて、たいてい終電で帰宅。眠るのはいつも深夜2時頃ですね」
大変そうですね、と漏らすと、「いや、すごく自由ですよ!」と何でもない様子で応じる。「誰かから強制される物事をするのは苦手だけれど、自分のやりたいことをしているだけなので。リサーチしているうちに思いついたことを、実行に移していくのが面白いです」と話す稲垣氏の生き方には、仕事とプライベートの境界線がない。正に、Work as Lifeの体現者だ。
子どもの頃から変わらない課題意識とライフスタイル
現在の事業とも深く関わる臨床工学技という職業。医療機器のスペシャリストとして生命維持管理装置を操作し、院内の医療機器の安全を守るメディカルスタッフでありながら、1987年にできた比較的新しい資格であるため、まだ認知度は高くない。稲垣さん自身、職業を知ったのは浪人時代だったという。「祖母が病気だったので、子どもの頃から漠然と医療関係の仕事をしたいと思っていました。人と接することがずっと好きなので、病院内の決まった場所で勤務するのではなく、いろいろな診療科にゼネラルに関わる働き方に惹かれて、臨床工学士を選びました」。
発展途上国の医療に課題意識をもったのはもっと早く、小学生の頃だった。アジアやアフリカの様子を紹介するテレビ番組で、同年代の子どもたちが日本とまったく違う生活を送っているのに違和感を覚え、漠然とではあるが「こういう人たちのために何かできたら」と思ってきたのだそう。先の病気を患っていた祖母へのエピソードからも、困難な状況の人に心を寄せ、状況を変えるために手を差し伸べられる人なのだと分かる。
そんな稲垣氏が、今のようなライフスタイルを送ることになった原点は、小・中学生の頃にあるようだ。
「小学校も中学校も、学校にはあまり登校しませんでした。今思うと、ルーティンが苦手だったんだと思います。毎日同じ時間に学校に行って、授業を受けて、下校して、という生活が嫌だったのです。日中は家でテレビを見るなどして過ごし、授業後の時間帯は下校してきた友達と遊んだり、塾に通ったりしていました。現在自分も親になり、きっと悩みながらも僕の希望を受け入れてくれていた両親は本当にすごいなと感じています。だからこそあまり型に捉われない、自由な大人になったんだと思います」と自身を振り返る。毎日登校する子ども時代を過ごしていたら、テレビ番組を通じてアジアやアフリカの医療問題に課題意識をもつこともないままだったかもしれない。
自分に合うライフスタイルでやりたいことを追い続けた結果が、株式会社Redgeの起業
学校には適応しにくかった型にはまらないことを好む性質は、病院勤務していた頃は強みとして活かされた。シフト制で勤務時間が変則的、緊急搬送があった際には臨機応変な対応を求められるなど、苦手とする人が多いであろう業務を、稲垣氏はむしろ好んだ。企業のCEOを勤めながら病院勤務は続けられないとの理由で退職する運びとなったが、事業が落ち着いたらまた病院勤務をしたいと思うほどに、やりがいと働きやすさを両立する職場だったという。
自分のやりたいことに正直に手を伸ばし、決まり事に縛られない生き方を選びとってきた中で、大学時代から現地でのボランティアや、勤務していた病院のプロジェクトとして現地の支援を経験。根本的な原因を知るべく大学院へ進んだ後に、事業として取り組むのが発展途上国の医療体制を整える近道であると考え、株式会社Redgeを設立。起業する考えは全くなかったと言うが、話を聞くほどに自然な流れだったように思えてならない。
「スタートアップで信用がない状況から世界の社会課題解決を目指しているため、収益を得るのも簡単ではありません。病院退職後、スタートアップからは給与を得ず、これまでの繋がりから仕事いただくとこで生活費を稼いでいます。収入としては、初任給程度に下がりました。人の繋がりが大事だと実感したタイミングでもありました。プライベートと呼べる時間はほぼありませんが、仕事を“やらなければならないもの”だとは捉えていないので、自由度はとても高いです。やりたいことを自由にやれているので毎日が楽しいですよ。」
現在、株式会社RedgeはIPOを目指し、事業を推進している。上場に向けてシステムの収益化を図り、事業を伸ばしていく考えだ。今後、医療機器管理教育システム・CeTraxがどんな形で広がり、アジア・アフリカの医療を変えていくのか注目したい。