アレルギーっ子の母から、グルテンフリーお菓子の起業家へ

静かな千葉の住宅街。そこにある一軒の家から、甘い香りが漂ってくる。台所では、エプロン姿の女性が真剣な表情で作業に没頭している。彼女の名は牧野さん。50代にして起業し、全国にグルテンフリーのお菓子を届ける事業を展開している。

しかし、数年前まで彼女は普通の専業主婦だった。お菓子作りとは無縁で、むしろ「面倒くさい」と避けていたという。そんな彼女の人生を180度変えたのは、一人の小さな命との出会いだった。

予期せぬ出来事が人生を変える

牧野さんの長男が生まれたのは、彼女が30代のこと。待望の出産だったが、喜びもつかの間、息子に重度の食物アレルギーが見つかった。

「最初は何が何だかわからなくて。こんなに重度のアレルギーを持った子供を授かることになるなんて信じられませんでした」と牧野さんは当時を振り返る。

医師からは「3歳まで母乳で育てなさい」と言われ、自身の食事にも細心の注意を払う日々が始まった。スーパーマーケットで売られている加工食品のほとんどが息子には食べられない。外食も難しく、家族での外出さえままならない状況だった。

「息子の肌が蕁麻疹で赤く腫れ上がるのを見るたびに、何か食べさせるのが怖くなりました」

そんな中、牧野さんは息子のために手作りのお菓子を作り始めた。最初は単純なさつまいもを使ったおやつだったが、息子の成長とともに、より複雑なお菓子にも挑戦するようになった。

「息子が『チョコレートってどんな味?』と聞いてきたときは、胸が痛みました。でも、同時に『何とか似たようなものを作ってあげたい』という気持ちが湧いてきたんです」

試行錯誤の末、牧野さんは米粉を使ったお菓子やパンを作るようになった。そして、息子の笑顔を見るたびに、お菓子作りの腕を上げようという思いが強くなっていった。

小さな一歩から大きな挑戦へ

息子が中学校に上がる頃には、牧野さんのお菓子作りの評判は友人の間に広まっていた。「これ、また食べたいから今度は売って欲しい」と言われることも増えたが、彼女にとってはまだ趣味の域を出なかった。

転機が訪れたのは、牧野さんが大きな病気を患った時だった。「人生は一度きり、何かに挑戦して自分を試してみたい」という強い思いが彼女の心を占めるようになった。

そんなとき、牧野さんは産直野菜のお店でアルバイトを始めた。そこで、自家製の菓子や惣菜を委託販売している生産者たちと出会う。話を聞くと主婦の傍らでゼロから始めている方も多かった。

「私にもできるかもしれない」

その思いが、牧野さんの心に小さな火をつけた。周囲に夢を語るも、本気に思わない人たちも多かった。

「できないだろうと思われているのが悔しくて。主婦だって、その気になればやれるかもしれないじゃんって」

逆風の中、夢への一歩を踏み出す

しかし、起業への道のりは決して簡単ではなかった。家族や両親からは心配の声が上がった。

「そんな大変なことして大丈夫なの?」「普通にパート勤めじゃダメなの?」「体を壊すだけよ」

特に両親からの心配は強かった。「身体に負担のない仕事をしていた方がいい」と何度も諭された。しかし、牧野さんの決意は固かった。

「言葉で説明してもわかってもらえないなら、行動で示すしかない」

牧野さんは、家族の前で事業計画のプレゼンテーションを行った。準備に何週間もかけ、財務計画から将来のビジョンまで、細かく説明した。

「最初は半信半疑な反応でしたが、私の本気度が伝わったのか、最後には『応援する』と言ってくれました」

開業届を提出し、SNSでの情報発信を始め、一つひとつ着実に前進していった牧野さん。しかし、全国発送を始めた際には、商品の品質や配送状態について厳しい指摘を受けることもあった。

「最初はすごく落ち込みました。でも、そこから学んで改善していくことが大切だと気づいたんです」

牧野さんは、失敗を恐れずにチャレンジし続けた。むしろ失敗から学ぶ姿勢を大切にした。「失敗って結局いろいろ勉強になるんです。大失敗したお客さんが、その後の対応で大ファンになってくれたこともありました」

夢の実現と次なる挑戦

現在、牧野さんは自宅から全国にお菓子を発送する事業を展開している。彼女の作るグルテンフリーのお菓子は、アレルギーを持つ子供たちや健康志向の人々から高い評価を得ている。

「お客様からの『こんなお菓子を待っていました』という言葉が、何よりも嬉しいです」と牧野さんは笑顔で語る。

しかし、牧野さんの挑戦はまだ終わらない。グルテンフリーのお菓子教室や料理教室の開催、お菓子の定期便サービスなど、新たな事業展開を計画中だ。

「安定的な収入を得ることが一番の課題です。それがないと次のアクションに進めないんです」と牧野さんは語る。彼女の最終的な目標は、自身の経験を活かして他の起業家をサポートすることだ。

「最終的には、起業って本当にいいから絶対にやるべきだよって自信を持って言える自分になりたいんです」

牧野さんの挑戦は、家族にも良い影響を与えている。特に息子の変化は大きい。

「最近、息子が『起業っていいなと思う』って言ってくれるんです。それを聞くと、本当に嬉しくなります」

また、牧野さんを手伝いたいと申し出てくれた友人もいる。「まだ給料は払えないけど」と断ったにもかかわらず、その友人は熱心に牧野さんの仕事を手伝っている。

「その友人が来てくれるようになってから、息子が『お母さんを手伝ってくれてありがとう』って言えるようになったんです。仲間と何かをやることの素晴らしさを、息子も感じ取ってくれているみたいです」

地域に根ざし、全国に羽ばたく

牧野さんは、千葉県を拠点に活動することで、地域の起業家のロールモデルになることも目指している。

「何もない主婦が頑張ってるぞって、多くの人にメッセージを届けたいんです」

彼女の挑戦は、地元メディアにも取り上げられ、徐々に注目を集めている。

「私のような普通の主婦でも、その気になればチャレンジできるんだってことを示したいんです」

50代からの挑戦が教えてくれるもの

50代からの起業、アレルギー対応のお菓子作り、全国発送と次々に新しいことにチャレンジする牧野さん。その姿は、多くの人々、特に潜在能力を眠らせている主婦たちに勇気を与えている。

「能力はあるのに、一歩を踏み出せない人がたくさんいると思うんです。そういう人の後押しになれたら」と牧野さんは語る。

彼女の物語は、年齢や経験に関係なく、誰もが自分の夢に向かって一歩を踏み出せることを教えてくれている。そして、その一歩が、思いもよらない素晴らしい未来につながる可能性を示している。

「失敗を恐れずに、自分の可能性を信じてチャレンジすること。それが私の人生を豊かにしてくれました」と牧野さんは微笑む。

牧野さんの挑戦は、まだ始まったばかり。彼女の作るお菓子とともに、彼女の夢はこれからも大きく膨らんでいくことだろう。そして、その姿は多くの人々に勇気と希望を与え続けるに違いない。

文・師田賢人

関連記事

  1. デザインの世界を駆け抜ける:ベテランデザイナー嶋さんの創造的なキャリア

  2. kamitani-san

    神谷さんのキャリアストーリー:新しいことへの挑戦と人とのつながり

  3. kuwahara-san

    桑原さんの人生と結婚相談所経営:逆境を乗り越え、人々の幸せを結ぶ

  4. nagai-san1

    挑戦者の軌跡:永井さんのリクルートから独立コーチへの旅

  5. 船橋から発信するハラスメントゼロ社会への挑戦:社労士 髙野さん

  6. saita-san1

    齋田さんの地域活性化への取り組み:人と人をつなぐコミュニティづくり