「エリートのレールに乗ることが、本当に正解なのだろうか?」
株式会社DOUの代表取締役・石部達也(いしべ・たつや)さんは、そんな問いを胸に、既存の就職活動や人物評価の仕組みを根本から変えようとしています。学生の多様な経験や能力を可視化し、一人ひとりに合った進路選択を可能にすることが、彼の目指す未来です。
石部さんのキャリアは、「王道」とは異なる道を歩んできました。東京理科大学物理学科に在学中、所属していたサークルの先輩が立ち上げたアプリ開発会社でアルバイトをしたことをきっかけに、プログラミングの世界に没頭します。iPhone 4が登場し始めた当時、彼は仲間たちと共に一軒家に寝泊まりしながら、夢中でアプリ開発に取り組みました。
大学卒業後は「起業家の学校」とも呼ばれるリクルートに入社。4年間、不動産情報サイト「SUUMO」などのプロダクト開発に携わりながら、ビジネススキルを磨いていきました。その後、副業経験を積み、起業を決意。音声メディアの開発からスタートし、ポッドキャスト制作事業を成功させた後、現在は学生のキャリア支援プラットフォーム「キャリアパスポート powered by DOU」(以下、キャリアパスポート)の開発・運営に注力しています。
デジタル証明書から始まった、新しいキャリア支援の形
キャリアパスポートの構想は、Web3やNFTが注目を集めていた時期に、元MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ所長である伊藤穣一氏のポッドキャスト収録を担当したことがきっかけでした。海外ではデジタル証明書が教育分野で活用されているという話を聞き、その可能性に魅了されブロックチェーン技術を活用したデジタル証明書システムの開発に着手します。
当初はデジタル証明書の発行からスタートしましたが、より深い教育現場の課題に行き着きました。「主体的な学習やプロジェクトベースの学習が増えているのに、その評価方法が追いついていません」と石部さんは指摘します。従来の評価システムでは、発言や成果が目立ちやすい学生だけが評価され、縁の下の力持ち的な役割を果たす学生など、個々の貢献が正当に評価されないという課題がありました。
AIの時代における新しい評価プロセスの必要性
ChatGPTをはじめとするAI技術の発展により、就職活動の形も大きく変わろうとしています。「エントリーシートの内容が均質化し、本当の実力や個性が見えにくくなっています」と石部さんは分析します。
同社が提供するデジタル証明書は、学生の活動実績や身につけたスキルに加え、周囲からの評価までを、第三者(運営組織など)がその信頼性を担保する形で記録します。
※証明書のデモ画面はこちらからご覧いただけます
これにより、従来のエントリーシートや面接だけでは見えてこなかった学生の真の能力や、組織の中での行動特性を可視化することが可能になりました。
このシステムの特徴は、「一見地味だけど、重要な役割」を果たす学生たちの再評価を可能にしている点です。「当たり前のことを当たり前にやることは、実は凄いことなのに、そういった特性を持つ学生は自分の価値を過小評価しがちです」と石部さんは語ります。周囲からの客観的な評価を可視化することで、学生自身が気づいていない強みを発見し、それを活かせる進路選択につなげることができます。
「好奇心」を追求する、多様な道を肯定したい
石部さんが掲げる「DOU(道)」という社名には、学生の多様な道を肯定したいという強い思いが込められています。AIの発展により、従来のエリート的スキルの価値が相対的に低下する中、個々の好奇心に沿った「その人らしい道」を見つけ、突き詰めていくことが重要になると考えています。地域の特性や産業に合わせたキャリア形成、事業承継など、従来の大企業志向一辺倒ではない、多様なキャリアパスの支援を目指しています。
現在、キャリアパスポートは千葉工業大学などと連携しながら、着実に実績を積み重ねています。利用者数は数千人規模に達し、NPO法人や外国人留学生の多い専門学校などでも導入が進んでいます。
「全員がエリートの道を目指す必要はありません。その人に合った道を見つけ、突き詰めていくことこそが、これからの時代に求められています」という石部さんの言葉には、確信と情熱が込められています。起業を目指す若者たちへのメッセージとして、「いきなり起業する必要はありません。興味があるなら、まずは起業家の近くで働いてみるのがいいですね」とアドバイスを送ります。
茶道や座禅を趣味とする石部さんは、その精神性を経営にも活かしています。「本当に必要なものは何か」を常に問い直し、事業の方向性を見定める姿勢は、多様な価値観が交錯する現代において、新しいキャリアの道筋を示す羅針盤となっているのかもしれません。